日本人はどうしたら「普通の暮らし」ができるのか

オピニオン

 

こんにちは。ペペ子(@pepeko_segirl)です。

 

最近、”30代の家族4人が「普通の生活」に月48万円必要”というニュースが話題になりました。

京都市在住、30代の4人家族…「普通の生活」に月48万円必要 教育費と車の維持費重く | 毎日新聞
 夫婦と子供2人の家族が京都市内で普通に暮らした場合、30代なら税、社会保障費込みで月48万6900円、40代は54万9800円、50代だと70万7500円が必要――。そんな調査結果を労組の京都総評が5日発表した。「非正規労働者にとって家族を持つことが不可能に近くなっている。賃金の底上げが不可欠だ」

 

このニュースに対し、「普通の暮らしができなくなった」「日本に未来はない」と嘆く声がネット上に散見されます。

 

私は、この”嘆きコメント”に常々違和感を感じています。

 

そもそも、「普通の暮らし」って何なのでしょうか。

 

今回はこの違和感の正体を明らかにするとともに、どうしたら日本人が「普通の暮らし」ができるようになるのか考えてみました。

 

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「普通の暮らし」像は高度経済成長期につくられた

 

冒頭に紹介した記事では、「普通の暮らし」にかかる費用を以下のように算出しています。

 

教育では、私立幼稚園、小中高は公立、50代では長男が京都市内の私立大に進むと想定。費用は30代2万8000円、40代3万9000円から50代には13万円に跳ね上がる。うち11万円は大学生の長男の費用だ。

 

「普通の生活」は、年代により43~50平方メートルの賃貸マンションで家賃が6万1000~6万7000円▽夫の飲み会は月1回で4000円▽中古の乗用車の維持費に3万7000円▽日帰りの行楽が月1回、4人で5000円――などの内容。

 

これを読んで私はこう思いました。

 

「この普通像って、いわゆる高度経済成長期~バブル崩壊の間につくられたものでは?」

 

 

 

当時はモノを作れば売れた時代です。

 

中間所得層になりあがった人々がこぞって家・車・家電を買うようになり、日本人の物質的な豊かさは格段にあがりました。

 

この時期に、日本における「普通の暮らし」の基準が上がりすぎてしまったのかなと思います。

 

 

 

 

心理学において、「快楽の踏み車」という用語があります。

 

これは、「どんなに豊かになったとしても、人間はその状況に慣れてしまい、さらなる満足を求める」という言説です。

 

その姿は、まるで回し車を走り続けるハムスターのよう。

 

 

 

高度経済成長期の暮らしに慣れた日本人が、経済成長率が下がる中で「普通」を求めて踏み車を回し続けている。

 

その結果、「普通の暮らしもできない、未来がない国」という悲観的な意見が出てくるのだと思いました。

 

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「普通の暮らし」を手に入れるには

 

少子高齢化が進む中で、日本の経済成長による収入UPを期待するのは、あまり現実的ではありません(※)。

※一部の成長産業で働く人を除く

 

国に「なんとかしてくれ」と言う気持ちも分かりますが、他力本願ではなかなか状況は好転しません。個人レベルで起こせる行動を考える必要があります。

 

私なりに、現代日本で「普通の暮らし」を手に入れるために個人でできることを考えてみました。

 

結果、下記のいずれかの方法しかないと思いました。

 

①「普通の暮らし」ができるぐらい稼ぐ

 

高度経済成長期の「普通の暮らし」を実現したい人がやるべきことは、ずばり「月48万円以上稼ぐ」こと。これしかないでしょう。

 

  • 起業して一発当てる
  • 給与レンジの高い業界(金融、不動産、IT)で働く
  • 今いる会社で昇給する

 

このような努力をして、「普通の暮らし」に必要とされている月48万円を稼ぎましょう。

 

夫婦であれば共働きで月48万円稼げれば良いので、少しハードルは下がりそうです。

 

②「普通の暮らし」の定義をアップデートする

 

「できることなら月48万円稼ぎたいけど、なかなか現実的ではない」と感じる方もいらっしゃると思います。

 

そんな方々にできることは、「普通の暮らし」のイメージを改めることです。

 

そもそもですが、「普通」の価値観は人によって様々です。

 

ネットで流れる「普通」像に流される必要は全くありません。

 

  • できるだけモノを所有しない
  • 物価の安い地域に住む
  • お金のかからない趣味を持つ

 

お金をかけない暮らしが「普通」になれば、月48万円を稼げなくても普通の暮らしができます。

 

 

なるべくモノを持たない暮らしを目指す「ミニマリスト」が増えていますが、これはまさに「普通」の定義がアップデートされつつある証拠です。

 

自分に合った「普通」を見つけることで、だいぶ生きやすくなるのではないかと思います。

 

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あとがき

 

私はもともと稼げるだけ稼いで、「普通」以上の暮らしをしたいと思うタイプの人間でした。

 

しかし、「快楽の踏み車」という概念を知ったとき、「稼げば稼ぐほど苦しくなりそうだ」と冷静になりました。

 

仕事が好きでたまらないという人であれば、稼げるだけ稼ぐという人生戦略でいいと思います。

 

しかし私はワークライフバランス重視派で、願わくば週3勤務ぐらいがいいなと思っています。なので、ここらで方向転換をして「稼げなくても満足できる暮らし」を目指そうかなと思い始めました。

 

稼ぐことに執着しなければ、住む場所は都会にこだわる必要はありません。

そしたら綺麗な自然が身近にある場所に住みたいな~と思いました。

特に長野の自然が大好きなので、長野移住について調べまくっています。

 

でも気分屋なので、年が明けて仕事に戻ったら「やっぱりまだ東京でバリバリ仕事をしたい」と思うかもしれません。

 

 

終わりに、この記事を読んでくださった方々が「自分に合った暮らし」を見つけられることを願います。

 

それでは。

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